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みんなの「母の話」ブログ


要介護5

2017/02/04 13:45
先日、介護保険証の更新があり、担当者会議を開いた。
いろいろな聞き取りのあと、要介護5になる可能性もありますね、とケアマネさんに言われていたとおり、届いた介護保険証の介護度は「要介護5」になっていた。

要介護5、というと、寝たきりをイメージしていたけれど、そんなことはないんだなー。
母は自立歩行はできるけれど、それ以外では、常に誰かの手を借りている状態。逆に、一人で自由に動き回れるので、見守りが大変そうだ。そして、担当者会議で知ったことだけれど、介護拒否もそこそこあるようだ。確かに気持ちにムラがあり、今笑顔で話していた、と思っても、突然表情が曇り不穏になることがある。

会話なんて、もう、とうの昔にできなくなった。
最近ではなんと表現したらいいかわからない擬音が、会話の中にたくさん混じる。
語彙もどんどん少なくなる。
でもまだ、笑顔が見れるだけいい。
そのうち、言葉も表情もなくなってしまうのだろうか。

転倒して後頭部を打った時、その後少し元気になった、とこのブログにも書いたが、その元気もしばらくしたらいつも通りになっていた。脳がゆさぶられたショックで、たまたまどこかの回路が通じた、とかなんだろうか?
脳って不思議。
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打ちどころがよかった?

2016/11/24 19:44
実は先日、母が施設で転倒しまして。
後頭部から出血。
意識はしっかりしていたものの、後頭部を打っているので念のため病院へ。

夜遅くだったので救急車で救急病院に行くことになりました。
実は母と救急車に乗るのは2度目なんですが、意識レベルを確認するために、本人にいろいろ質問するじゃないですか。
今回も、救急隊員に「この受け答えだと、非常に危険な状態ですが……」みたいなこと言われました。そりゃ認知症ですからね……。これがいつも通りです。

結果、5針縫って、CTの結果は異常なし。
後頭部の他には怪我もなし、ということで、一安心。
骨折してなくて、不幸中の幸いでした。

母はいつもより穏やかでした。
転倒の時にだいぶショックを受けていたようだと聞いていたので、転倒したことは忘れてしまったにしても、まだびっくりしているのかもしれないなぁと思いました。
けっこうな待ち時間があったのですが、穏やかだったため助かりました。

そして翌日、同じ病院へ消毒に。
やはり穏やかでしたが、昨日より待ち時間は全然少なかったにも関わらず、最後は「もうやだやだやだやだ!」と機嫌が悪くなってしまい、ちょっとヒヤヒヤしました。

そして1週間後に抜糸。
「痛い痛い」と、ちょっと抵抗した母でしたが、私が隣で必死になだめて、手を握り励まし続けたらなんとか持ち直し、無事終了。
母、がんばりました!
きっともう転倒したことも、後頭部に大きな傷があることも、忘れてしまっているのかもしれませんが。

で、この日に気づいたのですが、なんかちょっと母がいつもより元気なのです。
時々歌なんか歌ったり手拍子したり。
大きな病院で待合室が広く、人もたくさんいてざわざわとしていたので、母が歌を口ずさんでもあまり迷惑になることがなく、よかったですが、ちょっとドキドキしました。

転倒してから、母に会いにいった兄からのメールで「なんか前より元気になってない?」と聞いていたので、このことか、と思いました。
打ちどころがよかったのでしょうか……。

基本穏やかな母ですが、退屈させないようにとずっと話しかけたり、イライラしてきてるなぁと思ったら、時々気晴らしに歩いて、外を走る車を見せたりと、待ち時間が一番大変な通院でした。

それにしても、本当に骨折しなくてよかった!
骨折してしまったら、きっと衰えるのは早いと思うので。

施設の職員さんは、皆さん本当に親切にしてくださって、感謝の気持ちでいっぱいです。
いつもありがとうございます。
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家族がまた一人いなくなった

2016/06/11 09:08
先日、母のコレステロール値が安定したので「クレストール」の処方がなくなった。
またひとつ、健康になった。
体は健康なのだしお金もあるし、本来なら母は、穏やかな老後を過ごしているはずだ。

パート先に、年配の常連さんがよくくる。
夫婦だったり、友達同士だったり。
母とそんなに変わらない歳の方たちだ。
母も認知症になりさえしなければ、こうして毎日を穏やかに過ごせていたのだろうなぁ。


最近、母の中から、また一人家族が消えた。

母に会いにいく時は、会話の中に何度も家族の名前を出す。
「○○さんは元気にしてるかなぁ」「この間☓☓さんと会ったよ」
一人ひとり確認するように。消えかかっている記憶を繋ぎ止めるように。

もう私たち子どもの名前はとっくに消えている。名前を出しても首をかしげる。
私は母に何度も名前をきかれる。
せめて知り合いでいたいから、何度でも名前を伝える。

最近消えてしまったのは母の姉の名前だ。

母は姉のことが大好きで、姉の話をするととても嬉しそうだった。
だから私も、何度も母の姉の名前を出していた。

母と母の姉は、姉妹で名前が似ている。
某アニメでいえば「レム」と「ラム」のように。

母に姉の存在を思い出してほしくて、姉の話をすると、母は自分の名前を間違えられたと思い機嫌が悪くなる。
困ってしまった。

母の中から、ひとりずつ家族が消えていく。
悲しいけれど、その分『知り合い』を増やしていけばいい。

そういえば、一時、母に会いにいってもリアクションが『初対面』になってしまっていて、てっきり私は母に顔を忘れられてしまったと思っていたが、それはマスクのせいだった。

冬はインフルエンザと感染症の予防で、マスク着用が義務付けられている。
インフルエンザの季節が終わったあともしばらく、私は花粉症でマスクをしていた。
花粉症が終わり、久々にマスクなしで母に会ったら、以前のように「よく来てくれたねえ!」と嬉しそうに笑顔で迎えてくれるようになった。

ほっ♪
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知人ですらなくなってしまったかもしれない

2016/02/18 22:40
会うたびに、少しずつ元気がなくなっていくような気がする母。
いつもは弱々しいながらも笑顔で迎えてくれる母が、今日は
「はい、こんにちはー…」
と、ほとんど無表情の棒読み状態。

しばらく話していたら笑顔が出てきて安心したけど、最近「よく来てくれたね〜」の言葉が出ないことが増えてきた。
そろそろ、母の中で私は「知人」ですらなくなってきたのかもしれない。

この間、母と面会した兄から「俺のことわからなくなったみたい」とメールがきた。
兄は唯一、母が認識できる「自分の子」だった。

母は毎日、何を考え、どんな思いでいるのだろう。
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母の近況

2015/12/30 23:03
さて、書くたびに久しぶりになってしまう、母の最近について。

10月末に、兄、姉、私の3人が集まれる日があったので、その日に、久しぶりに母を外に連れ出す計画をした。
久しぶりの外出だったので、母の状態も以前とは変わっているだろうし、不安もあり、「うちの近くにあるショッピングモールに車で行き、何か美味しいものを食べて帰る」という簡単なミッションにした。

その考えは正しかった。
母の衰えは、施設にいるときにはわからないけれど、確実に進行していた。

まず、姉の運転する車に乗るだけで一苦労。
母は車の乗り方をすっかり忘れていた。……というか、車自体わかってなかったのではないだろうか。
助手席に座ってもらおうとしても、なかなか座れない。座っても、前を向くことがなかなかできない。
車に乗ってもらうだけでけっこうな時間がかかる。

施設にいれば、散歩で少し外に出ることはあるけれど、車に乗る機会はなくなる。
デイサービスの送迎で車に乗っていたころは、一人ですいすいと乗れていたのに。
いまだにデイサービスに通っていれば、車の乗り方を忘れることはなかったのだろうか、と外出早々に自問する。

向かう先のショッピングモールは、母と毎日のように散歩で出かけた場所。
階の移動はエスカレーターを使っていたが、車に乗る母の状態を見た私たちの意見は「もうエスカレーターは無理だね。エレベーターを使おう」と一致した。

今でも毎日散歩して、このショッピングモールに来ていたら、まだエスカレーターを使えていたのだろうか。
再び自問する。

その先も、母のペースは想像していたよりも常にゆっくりで、結局母の大好きなお寿司を食べて、少し休憩してからソフトクリームを食べるだけで、あっという間に帰る時間になってしまった。

もう遠出はできないね、と私たち。

昨年の夏、田舎にお墓参りに行っておいてよかった。
あれがラストチャンスだったな、と心から思う。

母の衰えを感じると、自宅介護を早々にあきらめてしまった自責の念が必ず襲ってくる。
しかし、今年は特に、母が家にいたら、とてもやっていけないことばかりが起こったので、早めに施設にお願いしてよかったとも思う。

落ち着いていた母だったが、また少し不穏な症状が強くなり、11月の中旬から、ジプレキサというお薬が追加になった。
少しずつ、飲み薬も増えていく。

来年も元気で過ごせますように。
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久しぶりに母の話でも。

2015/09/22 21:07
一時期、イライラと興奮で、利用者さんとのトラブルが何度かあった母ですが、薬をリバスタッチからメマリーに変え、そのお薬が合っていたようでトラブルがなくなりました。
よく言えば穏やかに、悪く言えば、少し元気がなくなったような。
以前が元気すぎたのかもしれませんが。(話しててもテンション高めだった)

食事は三食きっちり食べ、午前と午後に一度ずつおやつも出るのですが、ここ数か月で体重がだいぶ減ってしまいました。内科医いわく、特に体調が悪いわけでもないので様子見です。
施設内を散歩という名の徘徊をしているようで、運動量はあるみたいですが、ほっそりしてしまった母を見ると、なんとなく不安になります。

少し前から、ついに紙おむつになりました。
相変わらず支離滅裂の同じ内容の話をひたすら繰り返すのですが、その会話の中の語彙がだんだんと少なくなっています。認知面も少しずつ進行しているのだなぁ。

願わくは、私の顔はずっと覚えていてほしいなぁ。
もう娘ではないけれど。
せめて「知り合い」でいれますように。
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要介護3→要介護4になった

2015/01/27 09:12
母が介護保険更新の認定調査で、要介護3から4になった。
比較的緩やかな進行に思えていた母だけど、ここのところ、認知面の進み方が早いかも……と思っていたので、薄々予感はしていた。
でも、いざ「4」の数字を見ると、あれ? なんかそろそろ心の準備をしなければいけないのかな……と不安になった。
介護度って、緩やかな死へのカウントダウンに見えてくる。
実際そうなんだろうけど……。

要介護2から3の時は、望んでいた事だったので結果を見てほっとした。
詳細はこちらの日記で。

でも3から4は……なんだろう、ちょっと心に重く響いた。

母は、認知面は相当やばいな、と感じているけど、身体的にはしっかりしているので、できることとできないことの差が激しい……というか、デコボコな気がする。
周りを見てみると、だいぶ早くからトイレの失敗が出てくるけど、母はまだ時々失敗する程度。いまだ、布パンツ。介護する側からしたらとてもありがたい。

ロングステイを利用するようになってから、ちょうど1年。
この1年、私は楽をさせてもらったけれど、もしかして頑張って自宅介護をしていたら、進行はもっとゆっくりだったんじゃないか、とか。

家でくつろいで、趣味の時間を楽しんでいると、必ず心の隅っこで罪悪感が産まれる。
母の介護を他に任せて何楽しんでんの?って。

わかってる。
あのまま自宅介護を続けていたら、私の方が倒れていたと思うし、別に母が認知症だって、自分の時間を楽しんでいいって。そう必死に自分に言い聞かせても、やっぱり常に頭の隅で自分を責める自分がいる。

たとえば、今の私と同じような状況の人がいたら「頑張りすぎないで。施設でみてもらうことは悪いことじゃないよ。自分の時間を楽しんで」って心から言うと思う。っていうか、そうアドバイスしたこともある。
自分もそう言ってもらえたことがある。

わかってるんだけど、どうしたってこの罪悪感は消えない。

何をしても、どうしても、これから先、この心の隅にこびりついた罪悪感は消えない。

早くこの世から認知症がなくなりますように。
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認知症と食洗機

2014/10/31 16:05
はっぴー はろうぃーん!
でもハロウィンと全く関係ない話をするよー。

先日、あさイチでやってた内容。食洗機の火災の話し。
http://www1.nhk.or.jp/asaichi/2014/10/24/01.html

誤った使い方で火災事故になる、と注意を呼び掛けてました。
あと、リコールとか、定期点検のことも触れてました。

私も過去何度か、食洗機を購入しようかと迷いましたが、どうも手入れの方が大変そうで購入を思いとどまっています。予洗い必要なくらいなら洗っちゃうYO!とか、入れていいもの悪いものとか振り分けめんどい!大きいものを洗うのが特に嫌いなので、食洗機の手入れの方が精神的負担が大きそう。水切りカゴも小さいものにチェンジしてそれだけですっごく気が楽になったので!

と、私の意見は まぁ置いておいて……でも世間ではけっこう普及してるんでしょうか?

火災の原因として「食べかすや小さいプラスチックなどを入れない」というのがあるのですが、これ、認知症になってしまったらそんな細かいこと言ってられませんよね。

あと、食洗機専用の洗剤を使用しないと泡がたち過ぎてこれも危険、と。

高齢者世代の食洗機利用率ってどのくらいなんでしょう?
元気なうちはとても便利だろうけど、静かに始まる認知症。しかも一人暮らしとかだったら、家族が認知症に気付くことが遅れることもあるわけで。

認知症になったら確実に、食べかすが残っていてもなんでもかんでも、お皿以外のものだって平気で食洗機に入れるようになっちゃうよ。洗剤だって入れ忘れるならまだしも、普通の食器洗い洗剤入れちゃったり、分量多く入れちゃったりなんて普通に起こるよ。

食洗機じゃなくて洗濯機だったけど、私の母がまだ実家で家事ができた頃。
洗濯機に粉せっけんをざかざか入れちゃって、洗濯機から泡がぶくぶくたってたよ。
昔の粉せっけんって、そういえばざかざか入れてたよね。今はスプーン1杯で済むけど。記憶とか感覚が昔に戻っちゃったりするんだろうなぁと。

今、食洗機をばりばり使っている世代が、認知症世代になったら、あちこちで火災が起きちゃうんじゃないかという心配。食洗機メーカーはそのあたり考えて新商品を作ってるといいなぁ。

逆にIHクッキングヒーターは良いよね。
認知症の方が火災を起こす原因として、火にかけた鍋なりフライパンなりを放置しちゃって火災事故っていうのが一番怖かったから。
認知症を視野に入れたら、早めにガスコンロからIHに切り替えた方がいいと思う。

……と思って調べてみたら、やっぱりIHクッキングヒーターも危ない気がしてきた(笑)
http://www.city.kobe.lg.jp/safety/fire/information/anzen/201112.html

火が見えない……というのも、あれね、認知症になってしまうとやっかいかもね……。
難しいなぁ。

話を戻して食洗機。
手洗いのままの方がリハビリにもなるし、火災の事故にはならないしで、今のところ切り替えるメリットよりデメリットの方が大きい感じ。きっと認知症になる世代って、家族も独立しちゃって、洗うお皿の量も少ないだろうしね。

って、自分が認知症になったら…という思考にすぐつながってしまう、今日子の吾朗です。
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世の中、やっぱりお金なんだよね…

2014/09/26 21:49
なんか世知辛いタイトルですみません。
クミタです……クミタです……クミタです……

と言ってもそんなに暗い話しじゃなくて。
いや、暗いのかな?

今、認知症の母は特養入居待ち。3年くらいかかるんじゃないかと言われてます。
で今はどうしているかというと、その入居予定の特養にロングステイしています。
その特養はイベントがたくさんあり、じっとしているのが苦手な母は楽しく過ごせているようです。

ぶっちゃけ、費用は毎月母の年金を超え、けっこうな赤字です。
母は「私に何かあったら、ちゃんと貯めてあるからね」と言っていた通り、本当にびっくりするくらいの金額を貯蓄していました。
口癖は「お金がない、うちはビンボー」でしたが、どこがじゃー!って突っ込み入れたくなるくらい。

お陰で、こうして私は介護から離れることができています。
母に貯蓄がなければ、毎月の不足分を払うのが辛いので、今でも必死にストレスまみれの生活、介護で湧く母への憎しみを誤魔化しながら頑張っていたと思います。

あのまま介護を続けていたら、今のこの何の変哲もないけれど、とても平凡で幸せな日々はなかったと思うし、もしかしたらもうとっくに精神を病んでいたかもしれない。
介護している時、何が一番悲しいかって、大好きな母を大好きでいられなくなること。
でもこうして距離をおけた今、昔のように大好きな母に戻りました。
ありがたいことです。

時々、その特養に行くと、母は「よく来てくれたね〜!」と、すっごく喜んで、笑顔で迎えてくれます。
楽しくおしゃべりして、終始笑顔で過ごせます。
24時間ずっと一緒だったらしんどい会話も、面会の時だけなら苦ではありません。
笑顔で過ごせるということは、お互いにとってとても幸せなことだと思います。

昨日は姉も遊びに来ていて、一緒に顔を出してきました。
ゆっくり部屋で話そうと自室に入ると、入口にあった洗面所の鏡に映る私たち三人を見て「わぁぁ!たくさん来てくれた!」とさらに喜んで、鏡に映った自分に握手をもとめ、しょっぱなから飛ばしてくれました(≧m≦)

行くたびにちょっとずつ認知の衰えは感じるけれど、体は本当に元気。
姉とも「きっと長生きするよね。うちらの方が先に逝っちゃいそうだよね」なんて、いつも笑いあいます。

こんな風に穏やかに母と向き合えるのも、距離をおけたおかげ。
そして距離をおけるのは、母が必死に働いて貯蓄してくれていたおかげ。
世の中お金じゃないとか、昔はそんな綺麗事を信じていたこともあったけど、やっぱり世の中お金だよ、と思ってしまいます。

将来のためにお金貯めておかないとね。
と、昨日も姉としみじみ語りました。
……まぁ、ほとんどが笑い転げるくらいにおバカな話ばかりしてましたけど(笑)
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お墓参り

2014/07/09 23:33
ゴールド免許(キンキラリン!)でペーパードライバーなクミタです。
こんばんは♪

ペーパードライバーったって、あれですよ。
ピンクがとっても似合うあの夫婦が運転してるわけじゃないですよ。

認知症の母を連れて、はるかかなた故郷まで、自動車飛ばしてゴー!ってな感じで日帰りお墓参りに行ってきました。
姉と兄が交代で運転!私は母の付き添い要員ということで!
ゴールドですから!(意味わかりません)

(母の)お姉さんとも会うことができて、母もとても喜んでいました。
別れた瞬間、その記憶も消えてしまうわけですが。
嬉しい、楽しい、という感情は残る(と言われている)ので。
きっと無駄じゃないよね。

道中、コダマがいそうな森とか山とか田んぼとか自然いっぱいの風景を堪能して癒されました。
お天気も良かったので、緑が本当に青々としていて。
緑が青々って、緑なのか青なのかはっきりせい!って感じですが。
なんで青々なのかって、書きながら疑問に思って調べたら、昔は色を表す言葉が今よりも少なかったんですね〜。
いやぁ勉強になります。

<青々とした緑>
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タイトル 日 時
ユマニチュード
今朝のあさイチで紹介されていた、「ユマニチュード」という認知症ケア。 これから認知症の介護をする方は、認知症の特性とともに、こうした接し方の知識を持っていた方が、きっと介護がスムーズに始められると思う。 そして、病院や施設では、こうした対応は本当に大切になってくると思う。 ただ、ユマニチュードはとても丁寧な対応になるので、果たして人員が足りない、一人で何人もの方を見なくてはいけない施設や病院で、どの程度実践できるのかが不安要素だけど。 ...続きを見る

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2014/03/18 22:24
要介護3
ふっふっふ、珍しく二日続けて更新だぜ、せめて三日坊主は目指そうや、的なクミタです。こんばんは。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

2014/03/11 00:21
老後について考える
ちょっぴりまじめモードのクミタです。 ...続きを見る

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2012/02/28 17:09

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